クロユリさんと九月   こばやしぺれこ


 黒い猫又が一匹、道路を前に右往左往している。
 駅前に近い、広い道路。おれはそこにある工事現場で、警備員のバイト中。
 黒い猫又は、弁当箱らしき包みを抱えて道路の前。その向こうにはオフィスビル。時刻はお昼休みにはまだ早い、でもそろそろ空腹を感じる時間帯。
 おれと猫又の眼の前に広がるのは、片側二車線、計四車線の広い道路だ。平日の昼間であっても、車の流れが途切れることはあまりない。
「何見てんだ?」
「ああ。アレ」
「おっ猫」
「猫又な」
 同僚の発言を訂正する。猫又を『猫』と呼ぶと、差別に当たる時がある。そうニュースで見た。
「何してんだ?」
「道路渡りたいんじゃね?」
「あー。……よく猫死んでるよな」
「ヤなこと言うなよ」
 事実、自分の脳裏にも同じことはよぎっていた。時折見かける、道路の端や真ん中に横たわっている『毛玉』。かつては柔らかくて温かく、キラキラした目でこちらを見上げていたはずの生き物。
「おっ行くか?」
「いやだめだろ」
 一瞬車が途切れたが、またすぐに流れは生まれる。一歩を踏み出していた猫又は、慌てた様子で歩道に戻る。
「どうすんだろなー」
「車止まれよ……」
 念じてみても車の流れは止まらない。猫又は途方に暮れたようにうなだれている。
「あれ、なんか持ってるな」
「アレ届けたいのかもな」
「あー、飼い主に持ってこいって言われたのかもな」
「飼い主じゃなくて保護者な」
 なるほどあり得る。諦めもせず車の流れを見ているのも、帰れない理由があるのであれば。
 このままでは仕事に集中できない。警備員は工事現場の『そば』の安全確保にも務める義務がある。……たぶん。
 だからこれもきっと業務の範囲内。
「おれちょっと行ってくるわ」
「おう、行って来い猫好き」
「猫じゃなくて猫又な」
 おれは現場の片隅に置かれていた手押し車を拝借して走る。
 猫又の小さな足では渡りきれない道路でも、人間の駆け足なら渡りきれる。
 かつての通学路でかわいがっていた野良猫と同じ毛色の猫又の下へ。
「あの、すいません」
 はたして非常に驚いた様子でこちらを見上げた猫又の目は、あの日通学路で見た猫と同じ金色をしていた。


「ねえクロユリさん知ってる?」
「なんでしょうか」
「あそこの工事現場にある手押し車さ、あれ猫車って言うんだよ」
「そうなんですか。猫を乗せて走るためのものなんですかねぇ」
「いや、謂れは知らないんだけどさ」
「乗ってみたいですね」
「……買おうか? 一応売ってるよ」
「そこまでしてくれなくて良いです」
仕事帰りの女性と黒い猫又が、工事現場の横を通り抜けていく。





こばやしぺれこ
作家になりたいインコ好き。褒められると伸びます。縦に。

昔家に子犬がたくさんいた時、猫車に乗せて散歩しようとしたことがあります。
四方八方に飛び降りて逃げていきました。。